うんちの話をしよう。比喩でもなく、哲学でもなく。文字通り、そして愛をこめて。
トイレが高性能すぎる国、日本。あらゆるものにマスコットキャラがついているこの国では、「うんちなくして人生なし」という、なんともチャーミングでちょっとおかしくて、でもなぜかほっこりするイベントが存在する。
会場はアートギャラリーだったり、科学館だったり、公園だったり。どこもピンクがあふれ、異常なまでに明るい。そしてこのイベント、決して汚くない。むしろ学びにあふれ、誇り高い。なぜなら、うんちこそが生命そのものだからだ。
虹色のトイレ滑り台を滑り降り、ふわふわのうんちクッションが敷き詰められたプールに着地。うんち帽子をかぶって、顔にうんちスタンプを押されながら、食物繊維と腸の健康について学ぶ。隣には、腸の働きについてスラスラ語る小学生がいて、まるで消化の魔法使い。
このイベントの本質は、世間が「流す」ものに光を当てること。日常的でありながら恥ずかしがられる存在を、笑って、学んで、受け入れる場なのだ。巨大なうんちオブジェの前で子どもたちが笑い転げ、目のついた可愛らしいうんちキャラたちが四方八方からウィンクしてくる。うんちパレードに、うんち博物館。便の形を見て健康状態を当てるゲームもある。グッズも盛りだくさん。うんちぬいぐるみ、金のうんちキーホルダー、うんちを模したお菓子まで。友人が買ったうんち形のチョコバーは「人生で一番おいしい」と言っていた。反論はしない。
そして、あるんです。うんちのミュージカル。うんちの着ぐるみを着た男性がトイレブラシのサックス伴奏でジャズバラードを歌う光景。これを見ずに死ねますか。
日本らしさ満点なのは、このイベントがその世界観に全力投球しているところ。教育的で、没入型で、めちゃくちゃピンク。そして一切の恥がない。うんちの歴史展示。うんちクイズ。うんちアートのインスタレーション。中でも人気なのは「最高のうんちにメッセージを書こう」コーナー。「火曜の朝の君、会議から救ってくれてありがとう」なんてメッセージが貼られていた。泣ける。
でもね、バカバカしいようでいて、根底には本気がある。このイベントは子どもたちを中心に、消化器の健康についての知識を広め、恥ずかしさを取り除くことを目的にしている。笑わせて、和ませて、学ばせる。かわいくすれば、心のバリアはなくなる。
だからこそ、堂々としゃがもう。笑って座ろう。このおかしな世界を受け入れよう。5歳でも50歳でも、「No Unchi No Life」を出た時には、ちょっとした笑顔と、日常への感謝が芽生えているはず。
結局、私たちはみんな人間。人間はうんちする。それでいい。恥じることなし。ジャッジなし。ただ、うんち。たっぷりのうんち。