徳島県の山奥に、まるで時間が止まったかのような不思議な村があります。名を名頃(なごろ)といい、かつては静かな農村でしたが、今では少し違った雰囲気に包まれています。なぜなら、この村には30人に満たない住人のほかに、300体以上のかかしが暮らしているからです。
名頃は「かかしの村」として知られており、その名の通り、村のあちこちに人間そっくりのかかしが配置されています。バス停で待っている人、川で釣りをしている人、学校の教室で授業を受けている子供たち。彼らは動きませんが、まるでそこに本当に生活しているかのように感じられます。
このかかしたちを作ったのは、地元出身の綾野月見(あやのつきみ)さんです。彼女は若い頃に村を離れましたが、後に父親の介護のために戻ってきました。その時、村が過疎化によって静まり返っていたことに驚きました。そして、去っていった人々や亡くなった村人を思い出として形に残すために、かかしを一体ずつ作り始めたのです。
今では村中にかかしが溢れています。彼らは実在した人物をモデルにしていたり、村の日常を再現するために作られたりしています。それぞれのかかしは古着を着せられ、リアルな表情を持ち、まるでその瞬間を生きているようです。
名頃を訪れると、不気味さとともにどこか懐かしさや温かさを感じます。観光地として整備されているわけではなく、チケットもありません。ただ、静かな村を歩きながら、かかしたちの物語に触れるのです。
過疎化が進む日本の現実と、人々の記憶をつなぎとめようとする優しさが、この村には詰まっています。そして、日が暮れたとき、薄暗がりの中でこちらを見つめるかかしと目が合ったら…その瞬間、名頃の魔法をきっと感じることでしょう。